どこの場所で生きるか

 「イソップ寓話集」のなかに、狼が子山羊に向かっていった言葉がある。

 「家の中にいた子山羊は、外を通りかかる狼に向かって、悪口を言ってからかいました。それを聞いた狼は、ふん、とせせら笑い、『おれを罵っているのはおまえじゃない、おまえのいる場所だ』と言いました」

 そして、イソップはこの寓話に「しばしば場所や時期というものが、強い者に対して挑む勇気を与えることを、この話は語っています」と「教訓」をつけている。

 私はイソップという人は、中世か近代初期の人かと思っていたら、古代ギリシャの歴史家ヘロドトスによると、イソップ(ギリシャ語ではアイソポス)は紀元前6世紀に実在した人物で、サモス人の奴隷だったという。古代ギリシャ世界で有名人だったらしい。古代ローマの史家プルタルコスは、イソップはデルポイ人によって死刑に処せられたとある。デルポイは、アポロンの神託所のある聖地である。この聖地デルポイで殺されたのは、プルタルコスによると、イソップの罪は聖所を冒涜したこと、神託所の神官や町の人たちを怒らせるようなことを言ったからだといわれている。おそらく最初にあげた寓話もそのひとつかも知れない。

 私たちは社会の中で、ふたつの役割をもって生きている。「人間としての役割」と組織のなかでの「役割としての人間」である。たとえば、「場所」、地位、肩書き、バッジ、名刺と置きかえてみると、狼の言葉は、現代にも通用する。他人に対して、個人として向き合う以前に、自分の地位や、相手の肩書きをみる。そして、本来の「人間としての役割」を忘れ、もっぱら「役割としての人間」を演じることになってしまう。

 コリントの信徒への手紙一、1章18節〜31節の言葉を読むたび「だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです(29節)」を思い、教会の中でこそ、ほんとうに、役割としての人間でなく、「人間としての役割」をもった自分の生き方をもっていくことの大切さを思う。イソップの寓話にある「おまえじゃない、お前のいる場所だ」といわれない人間として、ほんとうの自分の生きる場所を、聖書の中に見出して生きていきたい。

牧師 石 井 錦 一

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