9月にバスで、30数人の人たちと小さな旅をした。そのバスの中で、みじかい自己紹介と好きな花の名をいうことが、司会者の指示であった。私は、好きな花は、「一輪だけ咲いている野の花がよい。たくさん咲いている花より一輪の花が好きだ」と答えた。30数人の多くは女性たちであったが、あとで、「先生が一輪の花が好きだ」というのは意外だったと、何人かの人に言われた。きれいに生けられた花や、いっぺんに咲きみだれる桜の花も、それなりに美しいと思うけれど、たった一輪だけ咲いている野の花や、一輪差しの花に心ひかれる。いっぱい咲いている花の中にも、一輪の花をみつけると心がなごむ。

 辻邦生のエッセイ「遥かな旅への追想」の中に「ヨハネの黙示録」に記されている七つの教会のあった小アジアの都市のエフェソ、スミルナ、ペルガモンなどを訪ねた一文がある。ヨハネが終末の予感をもって、天地の崩壊するように描いた繁栄し頽廃した町々が、今は廃墟となっている光景に接した様子を書いている。遺跡のそこここの夏草の間の基壇の石のかたわらに咲き乱れる赤いアネモネを見つつ「人間は滅びる。だが、なぜ自然はかくも美しい花を年々咲かせるのか。堅固に見えた石が崩れ落ち、かえってはかなくもろい花々が永遠の命を持つ――この対比の啓示は強烈だった」という。

 松尾芭蕉が奥の細道の旅で平泉を訪れ、藤原氏三代の栄華の跡に立ち、そこに生い茂る夏草をうち眺めつつ、時の移るまで涙を落として『夏草やつわものどもの夢の跡』と歴史の変転と変わらぬ自然の姿を対比した。この時、芭蕉は、多くの花の中の一輪をみていたにちがいないと、私流に解釈している。

 人生には、はなやかに、力強く、多くの仕事をし、恵みと感謝に満ちた生活のできるときもある。どんなにすばらしい人生を送っても、「死」をもっておわることは、確かだ。残された人々の心の中に、その人の「一輪の花」の思い出を残すことができたらどんなにしあわせなことかと思う。

 十字架をみる度に、私は、そこに一輪の花がそっと咲いているのが見えてくる。その十字架によって、私は赦され、愛されている。それだから、信じて生きる私がいることができるのだといつも思っている。

石井錦一

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