北辰一刀流の千葉周作は、松戸と関わりのある人である。松戸宿の小野派一刀流、浅利又七郎の道場に通った。父幸右衛門と兄弟とともに、若い日松戸で育った。松戸三丁目の宝光院には、千葉幸右衛門と浅利又七郎の墓がある。司馬遼太郎が「北斗の人」という小説で千葉周作を主人公にして書いている。舞台となった松戸では、浅利道場のことや、矢切河原の景色や浅利の養女との松戸の日々のことを物語られている。

 「北斗の人」の終わり頃に、一夜秘伝として知られる話がでてくる。晩年のある夜、病床にある周作のもとに見知らぬ男が訪ねてきた。さる大名の茶坊主で春斉と名乗った。彼が今しがた主家の急用で駿河台までくる途中、護持院ヶ原で浪人の辻斬りにあった。春斉は今殺されるわけにはまいりませぬと、命乞いをした。

 しかし、御用を果たしたあとであれば殺されてさしあげるとたのむと見のがしてくれた。用を果たしたので、辻斬りとの約束を果そうと思う。ついては立派に斬られるにはどうしたらよいか、教えていただきたい、とお願いした。

 それをきいて周作は感動した。病床から立ちあがった彼は、枕もとの大刀をとり、すらりと抜いて茶坊主に持たせた。大上段に振りかぶらせ、脚の開き方、呼吸の使い方、へその下の力の入れ方などを教え、最後に「目をつぶるのだ」といった。そのままの姿勢でいると、やがて体のどこかで冷やっとする、そのとき刀を打ちおろす、そうすると醜くない死に方ができる... 。

 春斉は辻斬りの浪人の前に周作に教えられたとおり立った。浪人はしばらく春斉の様子をうかがっていたが、やがて剣をおさめ「こいつはよほど使える」と、逃げるように立ち去ったという。

 生きる執着をもたないで、殺されてもよい覚悟ができると、一夜秘伝の出来事がおこる。

 信仰にもこの一夜秘伝の生き方が大切だと思っている。生きることを苦しみ、悩み、あるいは憎しみ、赦せないことなど、毎日のようにおこってくる。そのときに、信仰的にいえば「すべて神に委ねる」「神にだけ目を向けて生きる」信仰による信頼をもって「目をつぶる」そこから、必ずひとすじの道が開けてくる。周作の一夜秘伝を読みながら、毎主日の礼拝の場で「目をつぶって」心の目で神にだけ目を向けて生きる信仰に立っていきたい。

松戸教会 牧師 石井錦一

バックナンバー

2003年07月 木の凄さ、信仰の凄さ
2003年06月 躓きは安全なときに起きる
2003年05月 必死のまなざし
2003年04月 桜の季節に信仰を見る
2003年03月 教会は訓練と礼儀を与える
2003年02月 苦しみに耐えかねている人へ
2003年01月 祈りの道をつくりたい

2002年12月 主の誕生と教会改修の祈りの中から
2002年11月 『バベルの塔』の崩壊の中で伝道する教会になろう
2002年10月 逆境の時より順境の時に注意せよ
2002年 9月 地獄は一定 まことの信仰を求めて
2002年 8月 もともと地上には道はない
2002年 7月 気合いを入れて祈る
2002年 6月 「逃げる」「傍観」「立ち向かう」
2002年 5月 時の徴を見分ける信仰
2002年 4月 時刻と時間
2002年 3月 自分の花を咲かせて生きる
2002年 2月 信仰者として生きる意味
2002年 1月 食事することは生きること

2001年12月 クリスマスを迎える心
2001年11月 違う人間同士が共に生きるために
2001年10月 一輪の花に見る永遠
2001年 9月 人間の生き方の原点
2001年 8月 沈黙を聞くこころ
2001年 7月 憤りのない信仰でよいか
2001年 6月
2001年 5月 人間は苦しむために生まれてきたのではない
2001年 4月 悲劇と喜劇
2001年 3月 まどろむことのない神とともに
2001年 2月 誰にうち明けて語れるか
2001年 1月 生きていると生きていく

2000年12月 人間を取り戻すクリスマス
2000年11月 自分はどういう人間か
2000年10月 どこの場所で生きるか
2000年 9月 生きることは神のおくりもの
2000年 8月 不満いい不信がおそろしい
2000年 7月 偶然を神の導きと恵みにかえる


■ショートメッセージは毎月発行の松戸教会月報巻頭のことばを掲載しています。