「北斗の人」の終わり頃に、一夜秘伝として知られる話がでてくる。晩年のある夜、病床にある周作のもとに見知らぬ男が訪ねてきた。さる大名の茶坊主で春斉と名乗った。彼が今しがた主家の急用で駿河台までくる途中、護持院ヶ原で浪人の辻斬りにあった。春斉は今殺されるわけにはまいりませぬと、命乞いをした。
しかし、御用を果たしたあとであれば殺されてさしあげるとたのむと見のがしてくれた。用を果たしたので、辻斬りとの約束を果そうと思う。ついては立派に斬られるにはどうしたらよいか、教えていただきたい、とお願いした。
それをきいて周作は感動した。病床から立ちあがった彼は、枕もとの大刀をとり、すらりと抜いて茶坊主に持たせた。大上段に振りかぶらせ、脚の開き方、呼吸の使い方、へその下の力の入れ方などを教え、最後に「目をつぶるのだ」といった。そのままの姿勢でいると、やがて体のどこかで冷やっとする、そのとき刀を打ちおろす、そうすると醜くない死に方ができる... 。
春斉は辻斬りの浪人の前に周作に教えられたとおり立った。浪人はしばらく春斉の様子をうかがっていたが、やがて剣をおさめ「こいつはよほど使える」と、逃げるように立ち去ったという。
生きる執着をもたないで、殺されてもよい覚悟ができると、一夜秘伝の出来事がおこる。
信仰にもこの一夜秘伝の生き方が大切だと思っている。生きることを苦しみ、悩み、あるいは憎しみ、赦せないことなど、毎日のようにおこってくる。そのときに、信仰的にいえば「すべて神に委ねる」「神にだけ目を向けて生きる」信仰による信頼をもって「目をつぶる」そこから、必ずひとすじの道が開けてくる。周作の一夜秘伝を読みながら、毎主日の礼拝の場で「目をつぶって」心の目で神にだけ目を向けて生きる信仰に立っていきたい。