私が船出するとき
嘆きの涙は欲しくない

永遠の国へ私を急がせる
嗚咽も溜息も欲しくない

私の行く道を悲しくする
喪章や打ち沈んだ衣服を身につけないで欲しい

そのかわりに白く輝かしく よそおって
古い習わしを忘れて欲しい

私が去り行くとき
挽歌は歌って欲しくない

美わしい良き日のために
愛の手で高き調べをかなでて欲しい

私のために このような言葉は言って欲しく ない
彼の生命の灯は消え 去っていったと

ただ こう言って欲しい
彼は今日 旅に出て 旅を続けていると

別れの涙があふれたら 
そっと その日をそのままにしておいて欲しい

私を惜しむことなく
共に過ごした日々を喜んで欲しい

そして こう言って欲しい
「満ち潮だ。よい船旅を」

 サムエル・ウルマンは1月の教会月報で紹介した。「八十年の歳月の頂から」と唯一つの詩集も、彼の80歳の誕生日を祝って、家族・知人が編集し縁者に配った私家版でわずかの部数が印刷されたようである。その詩集に含まれていない詩がひとつある。1992年10月21日に書かれたもので、ウルマンの白鳥の歌(人の最期の言葉を意味する)といわれている。

 この詩を中村義治さんの銀座教会での式辞のおわりに、中村さんも同じような思いで「なぜ涙を?」と語りたかったのではないかと読んだ。「青春とは心の若さである」といったウルマンの思いと自分の人生の終わりをこのように語りたいという私自身の共通の思いで語った。

信じて、キリスト者として生きる者もいつの日か肉体の死はやってくる。しかし、キリストを信じて、「新しい生命」を与えられたものは「死が死で終わらない」信仰を与えられている。主の十字架と復活を信じるキリスト者として生きていきたい。

松戸教会 牧師 石井錦一

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2004年12月 クリスマスの歴史の中から
2004年11月 生きるということ
2004年10月 信仰の決心の時
2004年09月 コンプレックスに生きる
2004年08月 「やぶの中」からの真実
2004年07月 ねたみ、陰口、悪口から救われる十字架の信仰
2004年06月 叱られて、叱られて、慰められ、答えを知る人生
2004年05月 コペルニスク的転回
2004年04月 無用な人間はいない
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2004年01月 あなたの人生は2万9220円

2003年12月 サヨナラだけが人生か?
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2003年10月 私の消えた自分史
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2003年08月 一夜秘伝
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2003年06月 躓きは安全なときに起きる
2003年05月 必死のまなざし
2003年04月 桜の季節に信仰を見る
2003年03月 教会は訓練と礼儀を与える
2003年02月 苦しみに耐えかねている人へ
2003年01月 祈りの道をつくりたい

2002年12月 主の誕生と教会改修の祈りの中から
2002年11月 『バベルの塔』の崩壊の中で伝道する教会になろう
2002年10月 逆境の時より順境の時に注意せよ
2002年 9月 地獄は一定 まことの信仰を求めて
2002年 8月 もともと地上には道はない
2002年 7月 気合いを入れて祈る
2002年 6月 「逃げる」「傍観」「立ち向かう」
2002年 5月 時の徴を見分ける信仰
2002年 4月 時刻と時間
2002年 3月 自分の花を咲かせて生きる
2002年 2月 信仰者として生きる意味
2002年 1月 食事することは生きること

2001年12月 クリスマスを迎える心
2001年11月 違う人間同士が共に生きるために
2001年10月 一輪の花に見る永遠
2001年 9月 人間の生き方の原点
2001年 8月 沈黙を聞くこころ
2001年 7月 憤りのない信仰でよいか
2001年 6月
2001年 5月 人間は苦しむために生まれてきたのではない
2001年 4月 悲劇と喜劇
2001年 3月 まどろむことのない神とともに
2001年 2月 誰にうち明けて語れるか
2001年 1月 生きていると生きていく

2000年12月 人間を取り戻すクリスマス
2000年11月 自分はどういう人間か
2000年10月 どこの場所で生きるか
2000年 9月 生きることは神のおくりもの
2000年 8月 不満いい不信がおそろしい
2000年 7月 偶然を神の導きと恵みにかえる


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