“アビラの聖テレジア”のよく知られた言葉がある。
なにものにも心を乱されず
なにものをも恐れるな
すべては過ぎ去る 神のみ変わらず。
耐え忍ぶとき すべてを勝ち取る。
神に生きる人には 欠けるものなし
神のみにて足りる
私たちの地上における全ての生活は、神と出会うことによって、育てられる。健康も病も、失敗も成功も、不幸も幸福も、様々な形をとりながら、この全てを通して神によって育てられていくのである。
テレジアの言葉、「神のみ変わらず」「神のみにて足りる」という信仰を与えられる時、忍耐や謙遜、感謝と喜びをもって生きることができる。この神への信頼をもって生きる時、私の心には八木重吉のことばが聞こえてくる。
きりすと
われにありとおもうはやすいが
われみずから
きりすとにありと
ほのかにてもかんずるまでの
とおかりしみちよ
きりすとが わたしをだいてくれる
わたしのあしもとに わたしが ある
神の中、キリストのふところの中に入ってしまえば、もはや私たちは、神もキリストも探す必要がない。母が赤ん坊をふところに抱いている時、たとえ赤ん坊がどんなに泣いてもじっと抱いていてくれるように、私たちはどんなに苦しんでも、悲しんでも、神のふところの中に生きることができる。
毎週の礼拝、毎日の祈りの時が、この神の在ます只中に生きることである。祈りの場所で、神が共にある恵みを感じる信仰をもちたい。礼拝の席に座っている時に、この神のふところにすっぽりと入っている。そうする時に、安らかな、心の平安を与えてくれる一週間が始まるのだ。