1930年代の初期に生まれた世代を、昭和ヒトケタ時代の人、と呼ばれる。小沢昭一、野坂昭如、永六輔の、かつて「中年御三家の会」といった「御三家」も、今や老年御三家となった。私自身もこの数年のうちに、同世代の友を何人か喪った。満州事変と呼ばれる日本が戦争に傾斜し始めた頃に生まれた。この世代は、10代の前半は戦争の時代、敗戦をはさむ数年間は、育ち盛りの時期を飢えと貧しさの只中を生きてきた。受けた教育も徹底した軍国主義の教育と、天皇を現人神(あらひとがみ)、人の姿となってこの世に現れた神と信じて、神社と共に、毎日参拝する生活をしてきた。敗戦によって、すべてがひっくりかえった。何が何だかよくわからない中に、平和だ、自由だ、民主主義だというが、そのことの、ほんものは何かとわかるようになるには、何十年もかかった。
同世代の友人達と話し合うと、死ぬほどひもじかった日々のことは、語り尽くせない。
辛抱強さは、いつも空腹をかかえて生きてきたから、少しぐらいあちこち身体が痛くても、我慢してしまう。ようやく勉強ができる時代になった時には、本がない、辞書もない、神学の本など、戦前に出版されたものを、毎日ノートに書き写すことが勉強だった。やっと手にした聖書を、ただひたすら読み続けた。
パソコンとか、インターネット、メールというが、さっぱりわからない。しかし、それを活字にしてくれるとわかる。聖書学や神学の研究も、パソコンやインターネットでしている若い世代の牧師達を見ると、ただ感心しているが、自分は書斎にかえって、本のページを1ページずつひらきながら読み続けている。
二度と再び戦争や殺し合いはしたくないと思っている。しかし、世界の国々の中には、かつて私たちの味わった、飢えと殺し合いの中で生きている人々がいる。世界のできごとが毎日、ニュースで映し出されてくる。特に、子ども達の傷つき、飢えた姿を見ると、戦中戦後に受けた苦しみを自分の痛みとして心がうずいてくる。戦後61年、私たちの次の世代も、20代、30代世代も、そして今の子ども達に、何を語り、何をすべきかとまどっている。ただ、ひとついえることは、苦しみぬいて与えられた「イエス・キリストを信じる」信仰をどんなことでもして、語り伝えていきたいという「伝道の情熱」だけは失わないつもりだ。