書店にいくと「心の病気」について解説した本がたくさんある。一冊、二冊と読んでみると、「こうすればなおる」「うつになっても、がんばったりしない方がよい」といろいろ教えてくれる。ある精神科医の人が、「心が病む」ことであると言っている。正論である。いろいろあらわれてきた症状をみて、「あなたは、ナントカ病である」と診断されたら、心が病んでいることになってしまう。この精神科医師は、もっとわかりやすく心の病を定義できないかと考えたら、「優先順位」をどこにおくかでわかるという。私たちは、普段の生活で、物事に優先順位をつけている。たとえば、テレビドラマの続きを見ることと自分の命とどちらが大切か。普通なら自分の命と答えるだろう。ところが、仕事と家庭、どちらが大切か。教会生活なら、日曜日の礼拝と、どこかに遊びに行くか、家で寝ているのと、どちらが大切かというと、答えは違ってくる。どちらを優先させるかは、その人の生き方によって、それぞれの答えがある。楽しく、好きなように生きていると、毎日の生活、日曜日の生活での生き方を、あらためて、「優先順位」などと難しく考えなくてもよいと思ってしまう。ところが、精神が病むと優先順位に異変が出てくるという。ある妄想をもつと、他人が、それは難しい、まちがっていると言っても、奇妙な妄想が、優先順位になる。うつ病で、死を決意したい人は、どんな楽しみや喜びよりも「死」を優先順位の上位におく。ノイローゼになると、自分の症状をわかってもらえないと、満足な自由な生活を送れなくなってしまう。毎日の生活の中で、優先順位をどこに置くかによって、生活が異常になったり、理解できない生活が生まれてくる。
優先順位の上位に異常なものをおいてしまうと、あとすべて普通の人と全く変わらない生活をしている人は、たくさんいる。異常な事件や行動をする人も、優先順位にしている事柄以外は、全く普通の変わらない人、時には、もっと優秀な人になる。
イエスが「何よりもまず神の国と義を求めなさい」(マタイ6:33)と言われたのは、私たちの人生の優先順位を、まず第一とするものをしっかりともちなさいとすすめたのである。あとは、だれとも同じ生き方をしてよいのだ。あなたの優先順位をもう一度考えてほしい。